生活保護制度の改革

まずは自助、そして共助、最後に公助の大原則

生活保護は、「最後のセーフティネット」として極めて大切な制度であることは勿論ですが、だからこそ、しっかりと考える必要があります。単に「可哀そう」「気の毒」といって大盤振舞いすることは長い目でみれば生活保護制度への国民的理解を失わせ制度維持を困難にするでしょうし、また、一部の不心得者に対して「怪しからん」と過剰に反応することも適当とは思えません。
この制度について考えるに当たっては、私は、やはり『まずは自助、そして共助、最後に公助』という順番をしっかりと守ることが大切であると考えます。私は、日本人は福祉に依存しなければ立っていられないほどヤワではない、と信じるからです。

生活保護制度の改革

この生活保護については、おそらく元来は勤労を美徳とする日本人のモラルを背景として設計された制度であると思いますが、昨今の生活保護を巡る様々な現象を踏まえるにつれ、見直すべき時期がやってきているのではないでしょうか。
勿論、障害や高齢などの理由などから「働く意欲はあるものの、働くことができない」方々には、むしろ手厚くすることも検討されるべきでしょうが、十分働く能力がある健康な若者にまで無条件で金銭を渡しているような現在の在り方は、生活保護制度に対する信頼を失わせるものです。また、国民年金より生活保護が高いのも、年金納付や勤労の意欲を失わせるもので認められるべきではありません。この問題は、論者によっては「憲法25条の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」として現状を正当化する向きもあるようですが、他方で、憲法27条の「勤労の義務」の観点も大切です。働きたくても働けない人を例外として、やはりNo work, No Payは世の基本的モラルです。
従って、私は、生活保護制度については、少なくとも、働く能力がある人には、たとえ生活保護であっても(それがペイしようがしまいが)何らか労働を公が割り当て、それをこなすことを条件として給付すべきですし、その給付水準も年金支給額を上回る「優遇」を与えるべきではないと思います。


Comments are closed.